#072 今こそ。東北へボランティアに行ってみた
交通費補助制度、知っていますか?

 

みなさんこんにちは。
5月のある週末、僕は東北へボランティアに行ってきました。……と、その前に簡単に自己紹介をしておきましょう。

〜プロフィール〜
●名前:カトウソ
●所属:上智学生記者クラブ
●東北:初上陸
●ボランティア経験:なし

結論として、想像よりもはるかに気軽に行けるということがわかりました。今まで東北へ行ったことも、ボランティアをしたこともない僕でしたが、そう思ったのには2つの理由があります。

1. 経済的に行きやすい
2. 気分的に行きやすい


まずは1点目。
皆さんは「復興支援活動交通費補助」という制度を知っていますか?

上の画像のように東日本大震災の復興支援だけでなく、熊本地震・九州豪雨や岡山県・広島県での豪雨災害へのボランティアも対象になっています。

僕が今回行ったボランティアの場合は交通費9000円が全額支給されます(食費等は自己負担です)。

一番お金がかかる交通費を支給してくれるとなると、だいぶハードルが下がりますね。なんと、去年だけでものべ約300名の学生がこの制度を使ってボランティアに参加したそうです。東日本大震災発生当時、小学生や中学生だった僕たちですが今なら自分で行動することができますし、その後押しをしてくれる制度なんですね。

そして2点目。
気分的に行きやすい」とはどういうことでしょうか。その答えは、体験レポートとともに見ていきましょう。ぜひ最後まで読んでくださいね。

今回僕が参加したのは、宮城県南三陸町を拠点に活動する「東北ファミリア」です。東北への旅路は金曜日の夜、品川駅前から始まります。

通称「ファミリアバス」に乗り込み、いざ出発です。
バスに揺られながら睡眠をとり、5時30分、朝日と共に目を覚まします。

 

ここは「大川小学校」です。ここは全校児童の約7割である74名が避難が遅れたことで亡くなった場所です。

 

次に訪れたのは「高野会館」。

 

ここでは集会を開いていたお年寄りたちが屋上に逃げ、津波が4階まで押し寄せるも全員が助かった場所です。この建物は民間の「震災遺構」として保存が決められています。周囲が四方、かさ上げされているのが分かりました。

続いて、「防災対策庁舎」を訪れました。
職員の遠藤さんとその上司の方が、津波襲来の直前まで住民に避難を呼びかける放送をしていたあの場所です。

 

赤茶けた建物が見えますか?
ここも今は周囲がかさ上げされ、見えるのは3階の部分だけです。「きれいになった」と言われるこの建物も、震災遺構として保存されることが決められています。

その後、高台にある「志津川中学校」に行きました。
ここは避難所でもあり、校庭はしばらくの間仮設住宅が並んでいました。現在、住民の方々はかさ上げのために切り開かれた山に住んでいます。

志津川中学校からは街を一望することができます。

 

そして、今回のファミリアバス「田植え便」の目的地、田んぼに到着です。東北ファミリアの代表、鈴木さんの「ここ(南三陸町)まできたらボランティアは8割成功です。あとの2割は楽しんでくれればいい」という言葉にホッとしつつ、その言葉の意味を考えます。

震災から8年が過ぎ、住民のみなさんは風化してしまうことを心配しています。全国の人から忘れられ、自分たちだけで頑張っているのはつらい、と言います。ここに来て、一緒に農作業を手伝ったりするだけで十分に意味があるのです。

 

ここが「ファミリア田んぼ」です。後にご紹介しますが、「みなさん館」館長の小野勝良さんの田んぼです。

カッパを着て、長靴を履き、いざ田植え。
実は今回、上智大学からは学生記者カトウソの他に、東北ファミリア3回目参加の「先輩」である大里さんとそのご友人3人が一緒に来ています。そのうちの一人、上の写真のグレーのパーカーの女性にご注目👀。

まず、田植えは苗をちぎって投げるところから始まります。

 

準備ができたら、ついに足を踏み入れます。ぐぐぐと足が沈んでいき、つい転びそうになります。
転んだらすぐに立ち上がっちゃダメだよ!」ベテランのボランティアの方が言いました。なぜなら(転んだ)記念写真を撮るから

あ!

 

転びました。おめでとう。これが記念写真です。

さて、そんな感じでわいわいと田植えを進めていきます。

これが午前中の成果です。いやはや、疲れました。なんか最後の方曲がってる??

午後、田植えの続きとたけのこ掘りをした後に向かったのは「津波の教え」の碑がある小泉小学校です。

「未来の人びとに」と題された言葉の中に「てんでんこに逃げよ」という教えが刻まれています。「てんでんこ」とは「各々、それぞれ」という意味です。平時に避難場所を決めておき、いざとなったらそれぞれで逃げればそこにはきっと家族や大切な人もいるだろう、そういう教えです。

夕食はマグロ丼

とても美味しかったです。
特筆すべきはこのねぎとろ、まぐろ100%なんだとか。「普通のねぎとろは調味料が入っているから残念ながらそっちのほうが美味しく感じてしまう。でも本来のねぎとろの味を知ってほしい」店長さんがそう説明してくれました。

 

夜は一日の振り返りをして、就寝。

翌日は、気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館へ。
被災した気仙沼向洋高校旧校舎が震災遺構として保存されており、見学できるようになっています。2019年3月10日にオープンしたばかりの施設です。

 

散らかったたくさんの本の中には、試合のトーナメント表や部活の連絡ノート、ここには見えませんがトロフィーなどがあります。

 

4階においてあるロッカーのサビが、津波がこの高さまで来たことを物語ります。
4階と言われても想像がつかないと思います。しかし、実際に見上げてみると下の写真の赤い線の高さまで、フレームの3/4以上の高さまで浸水していることが分かります。

 

ちなみにこの木は卒業生が寄贈したもので、津波に耐え今も元気に生きています。

そして屋上。

気仙沼向洋高校の生徒たちはみな屋上に避難し、助かりました。足元を濁流が襲ってくる恐怖を考えると押し流されそうな不安に駆られます。

実際に被災した場所の中に等身大の自分を入れてみると、映像では読み取れない自然の大きさ、人間の小ささを感じられます。ぜひ、自身で足を運んでみてください。

さて、ここからは飯テロです。準備はいいですか?

 

自分たちで採った、たけのこがたけのこご飯に。
牡蠣ホタテは味付けをせずに焼くだけ。
そして三陸の味覚、ホヤは日本酒と頂くと美味しい。

新鮮な海鮮をたくさん堪能して、帰宅の途につきます。途中、南三陸さんさん商店街で老舗の抹茶ソフトも楽しみました。

 

え!ボランティアってこんな感じなの??

って驚いている方もいるのではないでしょうか? 僕もその一人でした。美味しいもの食べられるのは間違いなく嬉しいけど、こんなわいわい田植えしているだけでいいの?って。

その答えはイエス
東北ファミリアに40数回参加しているアツミさんによると、農業や漁業、イベントのお手伝いをすることで接的に役に立っているとのこと。津波によって集落が丸々なくなって今は皆さんかさ上げするために切り崩した高台に住んでいます。過疎化が進んで、地元を離れる人が増えていく中で働き手が減っています。そこでボランティアがその穴を埋めることになります。
また、せっかく作っても販路がないことも問題になっています。ホヤは以前韓国がよく買っていましたが現在は輸入制限されており売ることができません。なので新しい販路を見つけなくてはいけない、という課題があるため販売イベントにボランティアがお手伝いすることも貢献になります。

今回田植えをした田んぼを持っている小野勝良は「みなさん館」の館長でもあります。

みなさん館は南三陸の地元産品を販売するお店です。ファミリア田んぼで育てたお米もやがてここで売られることになりますから、ただ田植えをしただけでなくこのお店の商品棚に華を添えることに一役買っているんです。

さらに、東北ファミリア代表の鈴木さんはボランティアというものに自分をどこに置くかという点から話をしてくれました。
一般的にボランティアは自分がやりたいからやる=利己主義的な考えのもとやっている人が多いようです。ですが、本来ボランティアは他の人のため=利他主義的に行われるべきです。「心の矢印」を他の人に向けて活動することで、ただの田植えであっても「自分のやっていることは他の人につながっているんだ」と感じられるでしょう。

はじめに鈴木さんが言った「ここまできたらボランティアは8割成功」という言葉の意味が、これらの話を聞いてやっと腑に落ちました。
いま被災地では「創生」がテーマになっています。同じものを復元する「再生」ではなく、新しい時代に合ったものを生み出そうという考え方です。ボランティアとは必ずしも瓦礫を片付けることだけではなく、その地を活性化させることのお手伝いでもあります。いっそボランティアの枠を超えて、自分たちがそこで過ごしていけないか?事業ができるのではないか?という考え方もあり、実際に創意工夫を凝らして農業を始めている人もいます。

少し長くなってしまいましたが、百聞は一見に如かず。この記事をじっくりと読むくらいなら、ボランティアに行ってみてください! 上智には交通費補助の制度もありますし、せっかくの制度をうまく使ってぜひ東北に足を運びましょう!

興味があったらまずは学生センター8番窓口ボランティアビューローまで足を運んで話を聞いてみてくださいね。


上智大学ボランティアビューロー


東北ファミリア